東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)149号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 また、右当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明はアンカーロツドの打設による土壌斜面の安定工法の改良に係るもので、その主たる特徴は、従来技術のようにアンカーロツドの打設に基づく土の摩擦角の増大によるせん断強さの増大のみで土壌斜面の安定化を図るのでなく、本願発明の要旨のとおりの構成、殊に、打設したアンカーロツド同士の地表端を相互に引寄せる構成を採択したことにより、アンカーロツドとアンカーロツドの間の土に圧密力を発生させ、もつて、前記摩擦角のみでなく土の粘着力をも増大させて土のせん断強さを一層増大させることにより、従来技術よりも優れた土壌斜面の安定化を図ろうとした点にあると認められる。
三 取消事由に対する判断
1 取消事由(1)について
(一) 審決の理由の要点2摘示の引用例の記載、引用例記載の杭4が本願発明のアンカーロツドに相当すること、引用例記載の発明でも、アンカーロツドを規則的に複数本打設し、アンカーロツド同士の地表端を相互に引寄せるようにしているものであること、引用例記載の発明の地表亀裂箇所締閉工法が堤防が崩壊するのを防止することを意図したものであることについては、当事者間に争いがない。
(二) 右当事者間に争いがない事実に成立に争いのない甲第三号証を総合すれば、引用例には地表亀裂箇所締閉工法に関する記載があるところ、そのうち、前記審決の理由の要点2摘示の引用例の記載に係る実施態様は、要するに、堤防に発生した亀裂の拡大に基づく堤防の崩壊を防止するために、該亀裂の長手方向に沿つて複数の杭(アンカーロツド)を打設し、これらの杭の上端部に取付けた蓆からなる受台に土俵を載置するという手段をもつて相対向する杭同士を傾倒近接させることにより、杭と杭の間の土壌を押圧し、よつて亀裂を締閉しようとするものであることが認められる。
(三) そこで引用例記載の発明と本願発明におけるアンカーロツドによる圧縮力及び両発明における法面と土壌斜面を対比する。
まず、引用例の第1図のような杭をほぼ鉛直方向に打設する態様による限り、引用例の構成においても相対向する杭同士が引寄せられることは明白であり、また、本願発明の明細書(前掲甲第二号証)の「第2図に示す如く、斜面深部はF2という力を受ける一方、斜面表層部はF1によつて圧密を受け、かかる圧密によつて土の粘着力Cを著しく増大することができる」(四頁一三行ないし一六行)との記載によれば、本願発明にいう「圧密力」が、要するに土壌に打設したアンカーロツド同士の地表端を相互に引寄せた場合に土壌内部に働く力であると解されることに徴すると、引用例の右第1図の態様のものにおいても杭同士の間にそのような圧密力が発生し、かつ、これは堤防の天面のみでなく法面にも発生することが明らかである。そして、右堤防の法面がいわゆる土壌斜面に該当することは、成立に争いのない乙第一号証により、「法面」という語が「切取り、築堤等の斜面」を意味することが認められることに照らしても明らかである。
原告は、別紙(三)の図面(参考図1、2)により、引用例記載の発明を本願発明に適用しても、土壌斜面に圧密力は生じない旨主張する。しかし、同図面は、土壌斜面にほぼ直角に、かつその傾斜線に沿つて杭を打設し上下のアンカーロツドを引寄せるようにした構成を前提とするが、本願発明のアンカーロツドが右のような打設方法に限定されるものでないことは、その特許請求の範囲の記載に照らして明らかなところであり、前記のように引用例の第1図において、本願発明同様斜面に圧密力が生ずるものと認められる以上、別紙(三)の図面についての力学的説明の当否を問うまでもなく、同図面に基づく原告の主張は失当というほかない。
そうであれば、引用例記載の発明においても、本願発明同様、本願発明のアンカーロツドに相当する杭同士の地表端を引寄せる構成とすることにより(この点の構成に差異がないことは、前記のとおり当事者間に争いがない。)、土壌斜面に圧密力を発生させるものと認められるから、圧密力を発生させる点で両発明に差異がないとし、また、引用例の堤防1の法面2が本願発明の土壌斜面に相当するとした審決の認定判断に誤りはない。
(四) 次に、本願発明と引用例記載の発明の目的が全く異なる旨の原告の主張について判断する。
まず、本願発明の目的について、原告は、切取り又は盛土によつて造成された土壌斜面の地滑りを防止する点にあると主張する。しかし、土壌斜面が切取り又は盛土によつて造成されたものであるとする点は、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨及び前掲甲第二号証の本願発明の明細書「本発明を実施する土壌斜面(1)は切土又は盛り土、亀裂のある岩盤、重粘質ないしは砂質の何れの場合にも適用できる」(五頁一六行ないし一八行)の記載からして根拠はなく、かえつて右明細書の記載によれば、本願発明の土壌斜面はその一般的字義以上の意味を有するものではないことが認められる。また、本願発明の目的が土壌斜面の地滑りを防止する点にあるとする点についても、右本願発明の明細書に「本発明は、土壌斜面の崩壊を効果的に防止することができるアンカーロツドによる斜面の安定工法に関する」(一頁一五行ないし一七行)との記載があり、従来技術に関してではあるが「従来、地すべり又はその崩壊を防止する工法として」(同頁一九行ないし二頁一行)との記載があることに照らせば、本願発明の目的は土壌斜面の地滑りの防止のみに限られるものではなく、土壌を安定させることによりその崩壊を防止することにあるということができる。そして、前認定の本願発明の明細書五頁一六行ないし一八行の記載中に「亀裂のある岩盤……にも適用できる」との記載があること、一般に土壌斜面に亀裂がみられることはしばしばみられるところであるにもかかわらず、本願発明の明細書にはこれを排斥する記載が存しないことに徴すれば、本願発明が土壌に亀裂の発生した場合にも適用されるものであることも明らかなところである。
他方、引用例記載の発明も堤防に発生した亀裂を締閉することにより、土壌斜面である堤防の崩壊を目的とするものであり、本願発明同様、アンカーロツド(杭)を規則的に複数本打設し、アンカーロツド同士の地表端を相互に引寄せるようにする構成の点で差異がないことは前記のとおり当事者間に争いがなく、また、土壌斜面に圧密力を発生させるものであることは前記認定説示したところから明らかである以上、両発明の技術課題は共通しているものと認めて差支えない。したがつて、審決が引用例記載の発明の亀裂箇所締閉工法が本願発明と同様の土壌斜面の安定工法に当たると認定判断した点も誤りということはできない。
(五) 以上のとおりであつて、本願発明と引用例記載の発明の一致点について、原告が誤りであると主張する点に関する審決の認定判断はすべて正当であるから、原告主張の取消事由(1)は理由がない。
2 取消事由(2)について
(一) 本願発明と引用例記載の発明の間に審決の理由の要点3(二)のとおりの相違点(相違点(1)、(2))があることについては当事者間に争いがない。
(二) そこで、まず、相違点(1)について検討するに、本願発明において土壌斜面に圧密力を発生させる点が土壌斜面に打設したアンカーロツド同士の地表端を相互に引寄せる構成に係ることは、本願発明の特徴について前記二に認定したところからも明らかなところ、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨、殊に「アンカーロツド同士の地表端をターンバツクルを用いて相互に引寄せる」とされていることからして、ターンバツクルを有する棒状物及び線状物が右引寄せのための一手段であることもまた明らかである。
そして、ターンバツクルを有する棒状物及び線状物が二物体間を引寄せるための手段として従来周知の技術であることは当事者間に争いがなく、かつ、成立に争いのない乙第四号証(昭和四三年八月第一版・オーム社発行の「土木施工ポケツトブツク」)によれば、土木工事に関する手引書である右書証にターンバツクルに関する記載があることが認められることからして、右ターンバツクルを有する棒状物及び線状物が土木工事の分野において普通に用いられていたものであることも明らかである。
そうであれば、引用例記載の発明において、前記三1(二)で認定したように杭の地表端同士を傾倒近接させるための手段であるところの受台に土俵を載置する構成に換えて、本願発明同様のターンバツクルを有する棒状物及び線状物を用いる構成を採用することは、審決も指摘するように、当業者が容易に想到し得るものであることは明らかであり、原告が主張するアンカーロツド間の土壌に圧縮状態を作出するという特定の目的達成ということに関連づけても、ターンバツクルの採択を困難なものと認めることはできないし、また、原告がその効果として主張する強力な圧密力を発生し得るとともに工事自体の簡易、迅速化が図れる等の点も、ターンバツクルを有する棒状物及び線状物を採用したことから当然に予測される範囲を超えるものではないというべきであり、他に、これにより当業者の予測を超えるような格別顕著な作用効果の発生することを認めるべき証拠もない。
(三) また、相違点(2)についても、引用例記載の発明において、杭同士を引寄せる手段としてターンバツクルを有する棒状物又は線状物を選択した場合には、その当然の結果として、アンカーロツドは、二本以上からなる複数の群をなし、かつ、各群毎に引寄せられることになることは明らかであるから、ターンバツクルを有する棒状物又は線状物を用いる構成が前記のとおり容易に想到し得るものにすぎない以上、その当然の結果にすぎない相違点(2)に関する構成の採択についても何ら困難を伴うものでないことはいうまでもないところである。
なお、原告は、本願発明が土壌斜面の広域にわたつて実施されることを前提とする主張をしているが、前掲甲第二号証の本願発明の明細書の全記載に徴しても、本願発明にそのような限定が付されているものとは認められないから、この点に関する原告の主張も採用の限りでない。
(四) そうであれば、審決指摘の相違点に対する審決の認定判断も正当であるから、原告主張の取消事由(2)も理由がない。
3 以上のとおり原告主張の取消事由はすべて理由がなく、また、本件全証拠によるも、他に審決を取消すべき事由は見当たらない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
土壌斜面に規則的または不規則的に複数本のアンカーロツドを打設し、同アンカーロツドを少くとも二本以上の等又は不等数の複数群に分ち、各群毎にアンカーロツド同士の地表端をターンバツクルを有する棒状物又は線状物を用いて相互に引寄せることによつて土壌斜面に圧密力を発生させることを特徴とするアンカーロツドによる斜面の安定工法。(別紙(一)図面参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
別紙(二)
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
別紙(三)
<省略>
<省略>